FC2ブログ

京都大学歴史研究会ブログ

京都大学歴史研究会のブログです。主に活動報告を行っていきます。

平成31年1月の活動報告

期末試験が目前に迫ってまいりましたが、
平成31年1月の活動報告です。

1月4日 休会
年始なので休会です。そりゃそうです。

1月11日 発表「ムガル皇帝とラージプート」第1回
ムガル帝国は最盛期にはインドのほぼ全域を支配したイスラーム王朝ですが、インド中西部を支配したヒンドゥー勢力のラージプートもムガル帝国において重要な役割を果たしました。ラージプートたちはアクバル帝の時代には軍事的に帝国を支えていましたが、アウラングゼーブ帝以降は離反していき帝国弱体化の一因になりました。この発表はムガル朝の君主たちの歴史を特にラージプートとの関係に焦点を当てて見ていくものです。
フマーユーン帝が階段から転落して事故死したことで即位したアクバル帝はラージプートとの融和政策を進めてムガル朝を帝国化しましたが、次代のシャー・ジャハーン帝の頃には、イスラーム教の宗教復興運動の高まりを受けて宗教寛容政策は破綻していき、その次代のアウラングゼーブ帝は自身がイスラーム教スンナ派の熱心な支持者であったこともあり、宗教寛容政策を改めましたが、この政策転換はラージプートの反乱を招くことになりました。

1月18日 発表「ムガル皇帝とラージプート」第2回
ムガル朝の君主たちの歴史を特にラージプートとの関係に焦点を当てて見ていく発表の2回目です。
アウラングゼーブ帝の死後、後継者争いに次ぐ後継者争い、ラージプートの自立化によってムガル帝国は崩壊に向かっていきました。イギリスのインド進出も本格化し、シャー・アーラム帝以降、ムガル皇帝はイギリスからの年金受給者と化しました。その後もイギリスは支配を強めていき、インド大反乱を機にムガル皇帝は追放され、ムガル帝国は滅亡しました。一方でイギリス支配下で藩王国となったラージプートたちはインド・パキスタン分離独立まで存続することになりました。

1月25日 雑談とか
古代エジプト三択クイズと肥前三択クイズを作ってきた人がいたので、それを解いてそれについて雑談をしました。
あと、過去発表の「古代エジプト王朝史」(リンク先pdf注意)を読んだりもしました。

文:希
スポンサーサイト



テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

 | ホーム | 

今までの閲覧者数

いつの間にか10000件突破です。今後もよろしくお願いします。

プロフィール

京都大学歴史研究会

京都大学歴史研究会

京都大学の歴史サークルです。毎週金曜18時30分から課外活動棟D204の部室で例会を行っています。例会では各会員の研究発表や本の輪読を行い、例会後には食事やゲームなどをして自由に過ごしています。たまに史跡や博物館にも行きます。日本史、世界史を問わず歴史が好きな人はもちろん、ゲームが好きな人、部室でダラダラしたい人など、どんな人でも大歓迎です。歴研の活動に興味のある方、参加したい方は、ぜひ一度課外活動棟D204の部室までお越しください。

最新記事

カテゴリ

活動報告(例会) (131)
活動報告(その他) (12)
新歓情報 (12)
11月祭関連 (12)
飲食店紹介 (4)
雑記 by AA (41)
読んだ本 by AA (12)
ゲーム by A.I (7)
就活アドバイス by AA (7)
雑記 by NF (5)
雑記 by TY (1)
雑記 by YN (1)
雑記 by take (15)
雑記 by little (4)
雑記 by 川西まどか (1)
雑記 by 希 (0)

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

最新コメント

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧


paperskytreeの本棚