FC2ブログ

京都大学歴史研究会ブログ

京都大学歴史研究会のブログです。主に活動報告を行っていきます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

平成30年7月の活動報告

ドーン!(単位が落ちる音)
平成30年7月の活動報告です。

7月6日 臨時休会
大雨のため、臨時休会になりました。
昔から鴨川の水は思い通りにならないと言われていますが、それにしても今回はかなりの荒れようでした。
気象警報が出てもなかなか休校にしない京都大学も今回ばかりは音を上げて、午後から休校になりました。
大学から課外活動を自粛するように言われたので、歴研も休会になりました。悲しいなあ。

7月13日 発表「孟子」第2回
その言行が四書の一つ『孟子』にまとめられ、儒教における重要人物となっている孟子の来歴とその思想に関する発表の第2回です。
孟子の思想は(1)伝統制度の重視、(2)王道政治、(3)性善説、(4)神秘主義の4点に集約されます。
(1)伝統制度の重視、(2)王道政治については平成30年6月の活動報告を参照ください。
(3)性善説
孟子は人には皆「不忍人之心」(人に忍びざるの心)があり、他人の苦しみを見逃すことができないとし、故に人の性は善であるとしました。
一方で彼は人々が持っているのは善の端緒であって、善の端緒を拡充して初めて人は仁、義、礼、智に至り、やがて聖人の域に達するとし、端緒を拡充させなければ人は禽獣と変わらない存在へとなり下がってしまうとしました。
(4)神秘主義
孟子は運命を意味する「天」という語を用いて、神秘的な議論も多く残しています。
君主は徳を備えた聖人が天命を受けてなるものですが、人は天命を知ることはできないため、天は民意や自然をを通じてその意思を示すとし、このように人為と天意が密接にかかわりあうという天人相関説を唱えました。
以上のような思想を唱えた孟子ですが、長らく諸子百家と同列の扱いをされており、孔子の後継者と位置付けられるのは朱子学の登場を待たねばなりませんでした。
発表「兵庫県の成立に関する考察」
兵庫県の成立時期はいつかについて考察した発表です。
発表の前日、平成30年7月12日は慶応4年旧暦5月23日に第一次兵庫県が成立して150年に当たるため、兵庫県政150周年の日とされています。
しかし、第一次兵庫県は第一次府県統合時、明治4年旧暦11月20日に第二次兵庫県が成立したときに廃止されているため、第一次兵庫県の成立をもって現在まで続く兵庫県が成立したとするのはちょっと怪しいとかもとかそういう話をしました。

7月20日 発表「ギリシア第二共和政の成立とパンガロス政権」
第一次世界大戦後のギリシアで成立した軍事政権パンガロス政権の成立と崩壊についての発表です。
第一次世界大戦後、ギリシア・トルコ戦争で敗北したギリシアではヴェニゼロス派(首相も務めた政治家ヴェニゼロスを支持する一派)の革命委員会によるクーデターが発生し、革命委員会から権力の移譲を受けた議会が組織した政府は共和政を宣言し、ギリシア第二共和政が成立しました。
第二共和政の成立後もヴェニゼロス派はリーダーシップを確立することはできず、陸軍を率いるパンガロスがクーデターを起こして政権を握りました。
しかし、パンガロスの政権運営はうまくいかず、支持基盤の陸軍が反旗を翻して政権は崩壊しました。
パンガロス政権の崩壊後、ヴェニゼロス派など反王党派と王党派の和解が進み、ギリシアは相対的安定を迎えることになりました。

7月27日 ミーティング
11月祭についてミーティングを行いました。今年度も11月祭に出展することの確認と事務的なあれこれをしました。
よって、「今年度も11月祭に出展します!」以上にブログに記すべきことはありません。終わり。
今期の活動はこれにて終了いたしました。次回の例会は10月5日金曜日です。

文:希
スポンサーサイト

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

平成30年6月の活動報告

春夏秋冬、京都盆地は住み難し。急に暑くなったり、じめじめしたり、出席が嫌になる気候が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
平成30年6月の活動報告です。

6月1日 発表「Cumasirus Catutosis: heros Sannarum」
一昨年度のNF冊子に掲載した「山内の英雄・神代勝利」のラテン語版です。何を言っているのか理解できないかと思われますが、そのままの意味です。
固有名詞までラテン語化する謎の執念に驚愕させられました。Ryzoze Tacanoboって誰だよ。anno quarto decimo aetatis Tenbunaeっていつだよ。provinciam Ticuzeniamってどこだよ。(前から龍造寺隆信、天文14年、筑前国です。)
みんな途中で飽きてしまい、何故か古代日本の君主号についての議論が行われました。大王が正式な君主号なのか単なる敬称なのかどちらでもないのかとかそういう話をしました。

6月8日 ミーティング
誰も発表を作ってこなかったので、今後の活動方針について話し合う、ミーティング的なことをしました。新歓も終わったことですし、いい機会でしょう。(先週やれよ)
短くてもいいからみんな発表を作ってこようってことと、できるだけ室外活動を増やしていこうってことの、前々から言われてた2点が改めて確認されました。
会議とは結論とは得てして始まる前から決まっているものなのです。踊りださなかっただけまし。
室外活動の報告について、ここ数年疎かになっていました(注)が、今後はしっかりと報告できるよう最大限前向きに検討させていただくことを考慮いたします。

(注)実は昨年度だけでも大和国の天理参考館に特別展「天理図書館 古典の至宝 ―新善本叢書刊行記念―」を見に行ったり、近江国の佐川美術館に特別展「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展」を見に行ったりしていたが、ブログでもツイッターでも報告をすっかり忘れていた。

6月15日 発表「ヘーロドトスのエジプト史」第1回
高校世界史でも出てくるヘーロドトス『歴史』はペルシア戦争についての記述ですが、その第2巻はほぼエジプトの記述に費やされています。
ヘーロドトスがエジプトで見聞きしたことを基に、『歴史』第2巻にまとめたエジプトの歴史についての発表の第1回、神話の時代から第26王朝の成立前のセトースまでです。
伝聞による記述のため、事実と異なる点や順番が異なる点もあるのですが、実際の歴史と大きく異なることもなく、クフ王のピラミッド建設などのエピソードも見られました。
100年ほど続いた悪政の後で善政を行ったミュケリノス(メンカウラー王)が、「エジプトは150年にわたり辛酸をなめねばならなぬのにミュケリノスはそれを悟らなかったが故に寿命を縮めることになったのだ」とかいう理不尽な宣託を受けたのがかわいそうでした。

6月22日 発表「ヘーロドトスのエジプト史」第2回
ヘーロドトスがエジプトで見聞きしたことを基に、『歴史』第2巻にまとめたエジプトの歴史についての発表の第2回、第26王朝の成立からカンビューセス(ペルシア王カンビュセス2世)によるエジプト征服までです。
ここまで時代が下ると大きな間違いは少なくなり、普通にエジプト第26王朝史という感じでした。
エジプト第26王朝ではネコース(ネカウ2世)がインド洋に至る運河の建設に初めて着手し、アマシス(イアフメス2世)税徴収の厳格化などを行い、エジプトは大いに繁栄しましたが、カンビューセス率いるペルシアに敗れて征服されました。
ヘーロドトスが『歴史』で記すエジプト史はここまでです。

6月29日 発表「孟子」第1回
その言行が四書の一つ『孟子』にまとめられ、儒教における重要人物となっている孟子の来歴とその思想に関する発表の第1回です。
孟子は魏の恵王や斉の宣王に遊説しましたが、当時の諸侯は富国強兵を目指し、戦争に勝利する方法を求めていたため、孟子が説く徳によって民を治める方法は需要に合致せず、孟子が重用されることはありませんでした。
これに失望した孟子は故郷に戻り、弟子の万章とともに著作に励んで『孟子』を著しました(諸説あり)。
孟子の思想は(1)伝統制度の重視、(2)王道政治、(3)性善説、(4)神秘主義の4点に集約されます。
(1)伝統制度の重視
孟子は孔子の立場を継承し、周代の政治を理想として重視し、それを復活させるべきであるとしました。
そして、周の制度について具体的に描写しているのですが、この描写には幾分か創作もあるだろうとされています。
(2)王道政治
孟子は諸侯が覇権を求めて抗争に明け暮れるさまを批判し、君主は民の支持があってはじめて君主たりうるのであって、民を本とする王道政治を目指すべきであるとしました。
そして、王道政治の実現のため、君主は最大限の人徳を身につけなければならず、人徳なき君主は君主たる資格を喪失して残賊に成り下がるとして、易姓革命を正当化しました。
時間が来たので、続きは次回になります。

文:希

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

平成30年5月の活動報告

筆者は専門科目大量落単の危機に瀕していますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
平成30年5月の活動報告です。

5月4日 みどりの日
「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」(昭和23年法律第178号「国民の祝日に関する法律」第2条)日であり、国民の祝日なので、例会もなかったのですが、一部の暇な会員はボックスにたむろしていたようです。
みどりの日って昔は昭和天皇の誕生日、4月29日でしたよね。いつの間にやら4月29日は昭和の日になり、5月4日がみどりの日に変わっていましたが。

5月11日 発表「肥前国の成立と発展」第1回
現在は佐賀県管内と長崎県管内に分かれている肥前国(ひのみちのくちのくに)の成立と発展についての発表です。
肥前国(にのちになる地域)は大陸の影響を受けて発展していき、古墳時代には火国(あるいは肥国)と呼ばれるようになり、防衛上の重要拠点になりました。その後、火国は分割され、肥前国が成立し、藤原広嗣の乱などの事件も起こりました。その過程を扱いました。

5月18日 発表「肥前国の成立と発展」第2回
現在は佐賀県管内と長崎県管内に分かれている肥前国(ひのみちのくちのくに)の成立と発展についての発表の第2回です。
肥前国は大陸との接触点としての役割を担い、大陸への使節の拠点になり、天然痘や麻疹が持ち込まれました。平安時代には荘園が成立していき、武士団も形成されていき、指定暴力団松浦党が勢力を持ちました。平安時代後期には平氏が九州を勢力基盤の一つとし、肥前国にも進出しましたが、源平合戦で源氏が優勢になっていくとで土着の勢力は源氏に寝返り、鎌倉幕府の統治に服することになっていきました。その過程を扱いました。

5月25日 雑談
誰も発表を作ってこなかったので、ボックスで雑談していました。一応新歓なんですがそれは。
院生が授業でやっている言語学の話が主だったのですが、言語弱者(注)の筆者にはさっぱりわかりませんでした。
あと、先週までやっていた「肥前国の成立と発展」の振り返りみたいなこともしました。

(注)英語を2単位、ドイツ語を4単位落としている。成績優秀者の多い歴研にあっては極めて稀なことである。

文:希

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

平成30年4月の活動報告

活動報告が面倒になったので、今後は月に一回活動報告を行う方針で行きたいと思います。
ということで、平成30年4月の活動報告です。

4月6日 発表「魏」
ややこしいタイトルですが、おそらく一番有名(あるいは人気がある)であろう三国時代の魏ではなく、戦国時代の魏についての発表です。
魏氏の出自にはじまり、晋国内での台頭、晋から独立して魏の建国、そして覇権を手にしてからの内紛、衰退、滅亡について扱いました。

4月13日 発表「ギリシア国語論争」
近代ギリシア王国で起こった国語論争についての発表です。
ギリシア国語論争とは簡単に言うと口語と文語を折衷したカサレヴサ(純正語)と口語を発展させたディモティキ(民衆語)のどちらをギリシア国家の公用語とするかについての論争です。
国語論争が社会にどのような影響を与え、あるいは社会からどのような影響を受けたかについて、国語論争の経過をたどりながら考えました。

4月20日 発表「旭将軍」第1回
旭将軍、すなわち木曽義仲こと源義仲についての発表です。
義仲の父である義賢の来歴とその死、そして義仲が木曽に落ち延びるまでです。
ほとんど義賢の話じゃないか。

4月27日 発表「旭将軍」第2回
旭将軍、すなわち木曽義仲こと源義仲についての発表の第2回目です。
木曽義仲の挙兵から横田河原合戦などの北陸戦での快進撃までです。
北陸では普通に勝ってるから義仲の評価上げてあげてと発表者が申しております。

文:希

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

第13回例会「編集に 殺された」

久しぶりの更新です。前任のブログ更新局長は北極に流刑されました。

本日は十一月祭で配布した歴史クイズの解答・解説を作成していましたが、思ったよりも時間がかかり我々会員に大ダメージ!
全滅してしまったのでした。

晩餐会はインド系カレー。

そんな我々の苦労と苦悩の塊、クイズの解説が歴史研究会ホームページにアップされました。皆様、ご覧下さい。

第4例会「ハプスブルク家の悲運/戦後政治の政争」

本日の例会では、ゆーちゃん会員によってNF出展発表「ハプスブルク家と欧州」が行われました。神聖ローマ皇帝は時にフランスと小競り合いし、オスマンにボコられ、ハンガリーのしっぺ返しを受け、スウェーデンにぶっ潰されるなど散々な目に合いましたが、強く生きてくれました。

晩餐会はつけ麺。

アフター会では会員土佐院による発表が行われました。戦後の政党政治の戦い、特に五十五年体制を土佐院の独自の視点で見事に書き抜きました。

その後は本日の発表の推敲をするなどして終了致しました。

第3例会「そして斜陽へ…」

会員玉島による発表「三国志遊戯」の続きをやりました。セガと入れ替わる形で参入したマイクロソフトと、自らの帝国のしがらみに苦悶する任天堂、高機能を求めたことが自分の首を絞める結果となったソニーの三つ巴は、スマートフォンの普及により全員共倒れの結果となり、我々は任天堂の集大成たるスイッチに期待をかけながらもゲーム業界の斜陽を見つめることとなったのです。

晩餐会は中華料理。

アフター会は会員土佐院による歴研会員への訓示がありましたが皆途中で飽きちゃいました。ちゃんと聞け!(自分棚上げ)

その後はトランプゲームのレモンをやったり、世界史過去問を見たりした後、酒を飲みたいと言いながら夜遅くまで残っていました。

第2回例会「パックス・ファミカーナ/漁夫の猿」

例会(18:30~20:00)では家庭用ゲーム機の歴史を扱った、会員タマシマの発表「三国志遊戯」が行われました。米国における家庭用ゲーム機産業の萌芽と急死、日本でのファミコン発売とともに任天堂ゲーム帝国の誕生、それにセガとソニーが加わった三つ巴の形成などが述べられています。

晩餐会(20:00~21:00)はハンバーグ。

アフター会(21:00~22:00)は会員ケメトによる「九州三国志」の発表。前回の発表では大友・島津・龍造寺の三家の歴史を扱っていました。北九州を掌握した大友と肥前全域を影響下に置く龍造寺の対立、そこに日向を領国化した島津が加わり三つ巴となります。島津が大友に勝利した後、龍造寺が大友勢力圏内に進出するも、島津に敗れてしまいます。その後、豊臣秀吉の九州が平定され、九州三国志は終わりを迎えます。

上記二つの発表は今年の十一月祭にて配布冊子に掲載予定ですので、宜しければ立ち寄って手に持ってみて下さい。

後期第1回例会「ファミリーヒストリー(血みどろ)」

第1回例会ではNF出展発表「九州三国志」を行いました。
初回である今回はこの発表の主役である大友家・島津家・龍造寺家の室町時代以前の歴史を勉強しました。NFに出展するための推敲作業を兼ねているのであまりページは進みませんでした。(会員同士がじゃれあっていたのも一因ですが……)

晩餐会はタイカレー。

アフター会ではNF出展用のクイズの作成や、若さに任せての徹夜でカラオケ大会などが行われました。解散時には死屍累々でしたが大丈夫だったのでしょうか……?

第6例会「アレキサンドリアがぽっと出の都市であるか否かの考察」

発表「九州戦乱記」第4回を行いました。暴虐と殺戮の末に鍋寿丸が大宮司貞氏になったり、毛利氏がカチコミに来たり、日本のファースト・キリシタン大名の大村純忠が領内の改宗を強制したりしました。

また、会員のケメちゃんがアレキサンドリアをぽっと出の都市と評した際には、会員全員がビビりました。

ところで、部室に無断で私物を放置することを禁止すること、1週間以上放置した場合は歴史研究会に所有権が移ることをここに宣言します。まあ、常識ある人ならそんなことしないと思うんですけど!

 | ホーム |  »

FC2Ad

今までの閲覧者数

いつの間にか10000件突破です。今後もよろしくお願いします。

プロフィール

京都大学歴史研究会

京都大学歴史研究会

京都大学の歴史サークルです。毎週金曜18時30分から課外活動棟D204の部室で例会を行っています。例会では各会員の研究発表や本の輪読を行い、例会後には食事やゲームなどをして自由に過ごしています。たまに史跡や博物館にも行きます。日本史世界史を問わず歴史が好きな人はもちろん、ゲームが好きな人、部室でダラダラしたい人など、どんな人でも大歓迎です。歴研の活動に興味のある方、参加したい方は、ぜひ一度課外活動棟D204の部室までお越しください。

最新記事

カテゴリ

活動報告(例会) (125)
活動報告(その他) (12)
新歓情報 (10)
11月祭関連 (10)
飲食店紹介 (4)
ゲーム by A.I (7)
雑記 by AA (41)
読んだ本 by AA (12)
就活アドバイス by AA (7)
雑記 by NF (5)
雑記 by TY (1)
雑記 by YN (1)
雑記 by take (15)
雑記 by little (4)
雑記 by 川西まどか (1)

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

最新コメント

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧


できるだけフワフワして生きていたい。

paperskytreeの本棚

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。